公演情報

怪談 荒屋敷(あらやしき)セル

野戦21夏 野戦之月テント芝居公演

日時
2021年7月29日(木)・30日(金) 開演19時/31日(土)・8月1日(日) 開演18時
※受付開始はそれぞれ開演の1時間前

場所
矢川上公園(国立市富士見台4-4)
JR南武線矢川駅より徒歩4分
JR中央線国立駅南口よりバス10分(1番・4番乗り場 矢川駅、国立操車場、国立和泉団地行き『矢川駅』下車 徒歩4分)

料金
前売・予約 3500円
当日 4000円
障碍者・大学生 2500円
中高生 2000円
小学生以下無料

予約・問い合わせ
電話 090-8048-4548  E-mail  ticket@yasennotsuki.org
チケット取り扱い 模索舎 03-3352-3557 東京都新宿区新宿2-4-9
※新型コロナ感染拡大の際などは変更する可能性があります。
詳細、最新情報は野戦之月HPでご確認ください。 https://yasennotsuki.org/

演員
ばらちづこ 盧佳世 森美音子 丸川=盧=哲史 崔真碩 渡辺薫 リュウセイオー龍 楊璨鴻 飯塚敦久 押切マヲ 艾同立 胡議航 桜井大造

序文

荒屋敷は当て字である。正しくは阿頼耶識と書かれるべきだ。
だがこの芝居が現れようとしている主なる場所は荒れた住居であるから、ただの誤りというわけではない。
阿頼耶(アラヤ)とは蔵の意味で、この蔵こそがすべての存在に関わる一切の種子を内蔵している場所である、と大乗仏教は教えている。通常、人が出会うことのできない大深度地下にある「認識」の場所だ。
セルは、細胞や独房、単電池などのことだが、もともとは小部屋、小区画という意味である。いずれにしても最小単位を表示する語句である。
「怪談」は「奇談」「奇譚」でもよいが、この芝居では「人間世界」以外の場所、たとえば「人間のいない場所」や「人間以後の世界」も芝居の特権として現実設定されるだろうし、それを通俗的な現世に「場」として現前させるのだから、なんとなく「怪談」のほうがふさわしいだろうと思う。

最後の氷期が終わった1万年前から現在までを「完新世」と呼ぶらしい。これ以前の170万年間は「更新世」あるいは「最新世」。最「新」よりもっと新しいのが完「新」で、さらには21世紀にいたってより新しい「人新」の世となった(らしい)。「人新世」は人類が自ら招いた人類にとっての危機の時期であって、人はその生滅をかけて闘わなくてはならない(らしい)。社会的には資本システムの緊急の解体、個人環境としては帝国的生活様式の大胆な変更がその闘いの主なる柱であるようだが、この件に関しては50年くらいまえから同意している。
あるいはこのような経済構造(土台)だけでは「人新世」は乗り切れない、という考えもある。土台の下の地下そのものが危機なのだ、ということだ。その危機性の真の意味を把握するためには、人間存在に関する従来の考え方、思想設定を根本的に刷新するのが優先事項だという意見だ。人は「人間世界」内部で存在しているという思考から脱け出すべきだという、新しい実在論とか新しい実存主義とかいうものだ。これにも同意せざるをえない部分もあるし、すでに50年くらいまえから芝居という場において似たような類の闘いをしてきている、ともいえる。

さて、危機感にだけ振り回されずに、私らの芝居が起こる場所を見つけに行こう。そこはたしかに「人間世界」よりも広い現実エリアで、死者や廃物が起居する廃墟の「蔵」のようでもあり、「セル」(最小単位)の種子が播かれては発芽し続けている「園」でもあるようだ。私らはこの「蔵」「園」へおずおずと出かけ、ここからまた情けない足取りで「人間世界」に戻り、それでもまた諦めずに「蔵」「園」に戻るだろう。その往来、道ゆきが、私らと私らに同行する人たちに、固有な「場」の存在を感じさせるものになるだろう。

桜井大造
作・演出
桜井大造
音楽
野戦の月楽団 原田依幸
舞台監督
おおやまさくに
照明
2PAC
音効
たお 羅皓名
舞台
渡辺薫 韓冰 小童 李夢秋
舞台美術
上岡誠二 中山幸雄
衣装
野戦之月衣装部
宣伝美術
上岡誠二
制作
野戦之月制作部 押切珠喜 今泉隆子
協力
広島アビエルト芝居小組 「山谷」制作上映委員会 明治大学大学院丸川ゼミ 一般社団法人サステナブルデザイン工房 独火星 プーロ舎 台湾海筆子 北京流火 済州島「ムン」テントグループ
後見
伊井嗣晴 根岸良一 新井輝久 風間竜次 疫蠅以蔵